ふぐ語録

小林一茶 江戸時代・稀代の俳人も愛したふぐ

河豚食わぬ 奴には見せな 不二の山

農民でもあった小林一茶は、ふぐの毒を用心して50歳になるまでふぐを食べなかったようです。
ですが、一度食べたとたん、ふぐのおいしさに感動し、ふぐの歌を残すようになりました。
上の句は、ふぐを日本一の山・富士山に見立てています。

【小林一茶(1763-1828)】
江戸時代に活躍した俳諧師の一人。
信濃の貧農の長男として誕生。
江戸へ奉公に出、25歳のとき二六庵・小林竹阿に師事して俳諧を学ぶ。
50歳で故郷の信濃に戻り、その地で65歳の生涯を閉じた。

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北大路魯山人 明治から昭和を生きた、日本を代表する美食家のふぐ礼賛

ふぐの美味さというものは実際絶対的なものだ。 ふぐの代用になる美食は私の知る限りこの世にはない。 海にふぐ、山にわらび、この二つ、 じつに日本の最高美食としての好一対であろう。

※北大路魯山人著、平野雅章編集「魯山人味道」(中公文庫、1995年)

北大路魯山人は、篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家など様々な顔を持ち、
その審美眼はいまなお多くの人々に大きな影響を与えています。
実は、有名なコミック「美味しんぼ」(雁屋哲原作、花咲アキラ作画、ビッグコミックス)に出てくる
美食家・海原雄山のモデルは魯山人であると言われています。
そんな魯山人をうならせた食材こそがふぐなのです。

【北大路魯山人(1883-1959)】
上賀茂神社の社家の次男として生まれる。
1903年、書家になることを志して上京、頭角を現す。
その後、素封家の食客として天井画、襖絵、篆刻、食器、美食などの知識を高めていく。
1921年(大正10年)に会員制食堂「美食倶楽部」を発足。
1955年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されるもこれを辞退。
76歳で死去。

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